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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)86号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 本件発明の概観

成立に争いのない甲第二一号証の一(本件発明の出願公告公報)によると、次の<1>ないし<4>の事実を認めることができる。

<1> 本件発明は、電解処理電極、すなわち、チタン、チタン合金、タンタル、タンタル合金のような皮膜形成金属の心(基体)から成り、皮膜形成金属心から電解液へあるいは電解液から皮膜形成金属へと電流を導くことのできる、皮膜を形成しない金属の薄い層を、右心に施した電極に関する。(同公報第一欄第一七行ないし第二三行)

<2> この薄い層は主に、白金、イリジウム、ロジウム、パラジウム、ルテニウム、オスミウム、レニウム又はいわゆる白金族金属の合金から成るものである。(同第二欄第七行ないし第一〇行)

<3> 一般に多孔性のこの薄い層は連続的で、心をすつかり被覆することができるか、あるいは断続的で心を部分的に被覆することができるものである。しかし、これに関連する先行技術の提案のすべてにおいては、その薄い層を付する方法のいかんにかかわらず、またこれら薄い層を白金族金属だけで構成すると、あるいは白金族金属の合金にて構成するとのいかんにかかわらず、層の金属は純粋の金属状態であつて、化学的に化合した酸素を含まなかつた。(同第二欄第一〇行ないし第一九行)

<4> 本件発明では、電解液と電気分解生成物との双方に化学的に極めてよく耐える層を、白金族金属やその合金を金属状態でなくその酸化物の形で用いることによつて構成することができるということを、意外にも見いだした。(同第二欄第二〇行ないし第二四行)

そして、前記本件発明の要旨によると、本件第一発明及び本件第二発明は、皮膜形成金属の心の少なくとも外側部の電解液に耐えしかも電解生成物に耐える物質として、白金、イリジウム、ロジウム、(パラジウム)、ルテニウム、オスミウム中から選択した白金族中の金属の(合金の)酸化物を用いたことを特徴とするものである。(括弧内は、本件第二発明に関する構成である。)

前掲甲第二一号証の一によると、本件発明が奏する作用効果として、次のa)ないしf)の事項を認めることができる(本件発明の出願公告公報第五欄第二四行ないし第六欄第二行参照)。

a) 白金族金属そのものに比して、その酸化物の方が電解処理の生成物に対してはるかに浸食されにくい。

b) 白金族金属酸化物は化学的抵抗性が大きいので、白金族金属自体では不適当な処理の電極に使うことができる。

c) 白金族金属酸化物は、白金族金属よりもはるかに容易に密着層に的確に付着することができる。

d) 白金族金属酸化物はそれだけでも、あるいは他の酸化物と組み合わせても、白金族金属に比べて水銀又はアマルガムと接したときの反応が起こりにくいので、本件発明の電極は、この種の反応が避け難いセルにも使用することができる。

e) 白金族金属酸化物は化学的抵抗性が大きいので、白金族金属よりも薄い層として付着することができ、したがつて、技術上かつ経済上利益である。

f) 白金族金属と違つて、白金族金属酸化物は深部効果(電解液が奥まで入り込む効果)があるので、余分に触媒活性度のある電極とすることができる。

2 審決の取消事由2について

2・1

成立に争いのない甲第一七号証(甲第一七号証刊行物)によると、甲第一七号証刊行物には、「貴金属不溶性電極の表面状態と塩素電極反応に関する研究」と題する表題の下に、審決が認定しているとおり、

「チタン白金電極を陽極として食塩水を電解すると、白金表面が酸化され白金酸化物被覆が生じ、分極を生じるが、その際、始めは可逆性の良い、塩素過電圧の小さいptoの状態(「活性」と呼ぶ)で、酸化が進むと、不可逆な、塩素過電圧の大きいpto2の状態(「不活性」と呼ぶ)となること、

チタン白金電極は表面を安定化させるために電極表面を酸化雰囲気中で高温の熱処理を行うことが多いが、この場合は始めから不活性のものであること、

図5.10の還元曲線の電気量から白金表面酸化層の量を推定すると、pto又はpto2の一分子層になつていること、

パラジウム被覆電極においても食塩水を電解した際パラジウムが酸化されて、塩素の発生電位ではpdo2が形成されること」

が記載されていることが認められ、成立に争いのない甲第一八号証(甲第一八号証刊行物)によると、甲第一八号証刊行物には、審決が認定しているとおり、

「白金線を陽極として食塩水を電解するとき、酸化電位を越えた状態で塩素を発生させると、電極は次第に酸化されて塩素過電圧が徐々に大きくなり一定値を示すこと」

が記載されていることが認められ、また、成立に争いのない甲第一九号証(甲第一九号証刊行物)によると、甲第一九号証刊行物には、審決が認定しているとおり、

「塩素電極反応において、白金電極は、その表面状態に応じて可逆的な過電圧の小さい状態(活性)と不可逆な過電圧の大きい状態(不活性)とを示し、活性な白金が塩素を発生していると次第に不活性となり、大きい過電圧を示すようになること、

還元電気量の対数と酸化電位の関係から白金メツキ電極の表面の酸化物を推定したこと」

が記載されていることが認められる。

そして、これらの記載事項によると、審決が認定しているとおり、「チタン白金電極あるいはチタンパラジウム電極、又は白金電極を陽極として食塩水を電解したときに、電極表面に白金あるいはパラジウムの酸化物が生成し、その層が形成されることが本件第一発明の出願前に知られていた」ものと認めることができる。

2・2

ところで、前掲甲第一七号証によると、甲第一七号証刊行物の第五八頁右欄第一二行ないし第一四行に、電極表面に生成する前記認定の酸化物層は、例えば白金の場合pto又はpto2の一分子層であると推定することができる旨記載されていることが認められるから、この酸化物層の厚さは分子単位の極めて薄いものであることが明らかである。

これに対して、前記1で判示したところによると、本件第一発明における白金族金属酸化物は、これにより、耐食効果、深部効果等の作用効果を奏するものであるところ(原告は、本件発明の出願公告公報第二欄第三五行ないし第三欄第三行の記載は客観的事実に反するものであると主張する(取消事由2・4・2)が、この点については、後記5において判示するとおりであり、本件第一発明が耐食効果、深部効果を奏することには変わりがない。)、前掲甲第二一号証の一によると、本件発明の出願公告公報の第三欄第一八行ないし第二二行に、深部効果について、「この効果は、酸化物は毛管構造であるからして、この種酸化物の活性表面積は該当金属の活性表面積よりもはる

かに大きく、奥深くまで作用する―として説明することができよう。」と記載されていることが認められる。そして、白金族金属酸化物の毛管構造が、単分子程度の厚さの層において備える構造であるということはできず、また、「奥深く作用する」という効果が、単分子程度の層の厚さで奏されるものであるということもできない。したがつて、本件第一発明における白金族金属酸化物は、単分子程度のものではないほどの所定の厚さを有するものであるというべきである。(原告は、電極の消耗は電解溶液等の各要因によつて支配される以上、白金族金属酸化物の厚みの最低値を数値的に限定することは本来不可能なはずであると主張するが(取消事由2・1)、本件第一発明では右厚みを数値的に限定しているものでないから、右主張は理由がない。)

以上みたところによると、甲第一七号証刊行物、甲第一八号証刊行物及び甲第一九号証刊行物は、電解時における塩素過電圧との関連で、単分子程度の薄い酸化物層について研究されまとめられたものということができ、前掲甲第一七号証ないし甲第一九号証によると、右各刊行物には、本件第一発明で奏するものとされている耐食効果及び深部効果に関して、何らの記載もないことが認められる。

したがつて、右各刊行物に記載の電極は、本件第一発明とは、その構成及び作用効果において相違していることが明白である。

2・3

原告は、「本件第一発明は、白金族金属酸化物の被覆が従来の白金族金属の被覆を持つ電極のような被覆の消耗を生じないものであつて、その厚さは例えば〇・一~一〇μ以上(本件明細書第三〇頁第三行、本件発明の出願公告公報第一五欄第三行)のように、耐消耗性がある十分な厚みを有するものである。」とした審決の認定は誤りであると主張する(取消事由2・1)。

前掲甲第二一号証の一及び成立に争いのない甲第二一号証の二(本件発明の出願公告決定謄本送達後の補正を記載した公報)によれば、審決が例示として右に挙げた部分は、本件明細書中に「例9」(出願公告決定謄本の送達後の補正をする前は、「例11」とされていたもの)として記載されているところであり、そこには、酸化白金と酸化ニツケルとの混合物で被覆する場合に関し、「この浴は〇・一―一〇ミクロン以上の厚さの層を構成することができる。」(本件発明の出願公告公報第一五欄第三行ないし第四行)と記載され、また、「例1」として、「タンタルまたはチタンの心は(中略)ことによつて、タンタルまたはチタンの心に白金金属酸化物の〇・五―五〇ミクロンの層を被覆させることができる。」(本件発明の出願公告公報第七欄第二一行ないし第二七行)と記載されていることが認められる。

これらの記載は、前記2・2で判示した、本件第一発明における白金族金属酸化物の厚さと正に符合しているのであつて、審決の右認定に誤りはないというべきである。

2・4

原告は、電極表面を構成する白金等が電解酸化された場合、表面の酸化物が耐食作用を呈することは、本件発明の出願前、電気化学分野において一般に知られた事実であると主張する(取消事由2・2)。

なるほど、前掲甲第一七号証によると、甲第一七号証刊行物の第六三頁左欄第一七行ないし第一九行に、「この電極(パラジウム電極)の欠点として、不働態化層である酸化パラジウムが酸化白金層ほど緻密でなく、弱点を持つているため、耐食性について問題がある」旨の記載があることが認められ、この記載によると、ここでいう「酸化白金層」は、そこでいう「酸化パラジウム」に比べれば、「緻密であつて、耐食性を有する」ものと推測することはできる。

しかしながら、甲第一七号証刊行物は、前記2・2でみたとおり、電解時での塩素過電圧との関連における、単分子程度の薄い酸化物層についての研究がまとめられたものであつて、その第六三頁左欄第一七行ないし第二〇行の記載も、この論題について説明する流れの中で説明されているのであるから、右記載から推測されるところから、本件第一発明におけるような所定の厚みを有する酸化被覆が、甲第一七号証刊行物に記載されているものと認めることはできない。また、原告主張のように(取消事由2・2)、白金族金属は酸化し、白金族金属酸化物となることによつて、塩素ガス等による腐食がなくなることが自明のことであつたとしても同様である。

ほかに、原告主張の前記事実を認めるに足りる証拠はない。

2・5

原告は、本件発明の出願公告公報第五欄第七行ないし第一〇行及び第五欄第一一行ないし第一五行の記載は、電解酸化によつて心(基体)を被覆する白金族金属の表面上に酸化物を得る方法に該当することを裏付けていると主張する(取消事由2・3)。

前掲甲第二一号証の一によると、本件発明の出願公告公報の第五欄第七行ないし第一〇行に、「一種乃至数種の白金金属化合物をたとえば加熱するとか、化学作用、または電気化学的作用によつて心上に白金金属酸化物または白金金属酸化物の合金を形成することもできる。」と記載され、また、第五欄第一一行ないし第一五行に、「この発明は皮膜形成金属の心を白金金属あるいは白金金属の合金にて被覆すること、および電解液に接しているが電解液から突出していて例えば一種乃至数種の電解生成物を生ずる反応をなす層の一部だけを酸化することを包含するものである。」と記載されていることが認められる。

右第五欄第七行ないし第一〇行の記載は、本件第一発明における白金族金属酸化物を形成する手段の一例として示されているものであるが、これは、耐食効果、深部効果等の作用効果を奏するに足りる所定の層の厚さを備える酸化物層を得るためのものであることは、前記2・2で判示したところから明らかである。したがつて、その層の形成のための手段を用いる場合には、当然のことながら、それ相当の条件が選択されるものと認められる。そうすると、本件明細書記載の右手段は、甲第一七号証刊行物、甲第一八号証刊行物及び甲第一九号証刊行物におけると同じ電解による酸化を含むものではあるが、単に単分子程度の酸化物層が形成されるにすぎない、甲第一七号証刊行物等に記載の電解処理と同列に論じることはできないというべきである。

また、第五欄第一一行ないし第一五行の記載は、本件第一発明においては、その皮膜形成金属の心上のすべてが酸化物である場合に限らず、その間に(すなわち、心と酸化物層との間に)、白金族金属が金属として介在する態様であつても、右酸化物が耐食効果、深部効果等所定の作用効果を奏し得る範囲内のものであれば(すなわち、所定の厚さを有するものであれば)、本件第一発明に含まれるものであることを説明したものである。したがつて、この態様もまた、ただ単分子程度の酸化物層が形成されるにすぎない甲第一七号証刊行物等に記載の電解処理における場合と同列に論じることはできない。

結局、原告の前記主張は理由がないというべきである。

2・6

原告は、甲第一七号証刊行物の第五九頁左欄下から第一〇行ないし第八行の記載を援用して、チタン及び白金の酸化によつて電極表面の浸食を防止し、電極表面の機能を安定化させる趣旨のことが、甲第一七号証刊行物に記載されていると主張する(取消事由2・4・1)。

前掲甲第一七号証によると、甲第一七号証刊行物の第五九頁左欄下から第一〇行ないし第八行には、「チタン白金電極は、表面を安定化させるために電極表面を酸化雰囲気中で高温の熱処理を行うことが多い」と記載されていることが認められるところ、この記載の趣旨は、チタン白金電極は、その表面を酸化雰囲気中で、高温にて熱処理することによりその表面が安定化されるというものである。また、右甲第一七号証によれば、甲第一七号証刊行物には右の記載に続いて、「この場合ははじめから不活性であり、還元してはじめて活性の過電圧の小さい特性を示す。」との記載があることが認められ、これによると、右加熱処理により、チタン白金電極の白金被覆層は酸化され、白金の酸化物が形成されるものと推測することができる。

しかしながら他方、右記載における「表面を安定化させるために」との部分が前提としている「不安定な状態」がどのようなものであるのかについて、この記載の前後を含め、甲第一七号証刊行物に何らの説明もないことが、前掲甲第一七号証によつて認められるのである。したがつて、右記載の趣旨は、「何らかの安定化を必要とする事情があつて、このために加熱処理を行うことが多い(らしい)」という程度のことを指摘したにとどまるものというべきである。

そして、右に認定した、「この場合ははじめから不活性であり、還元してはじめて活性の過電圧の小さい特性を示す。」との記載からすると、加熱処理され、「安定化」されたものは、これを電解に用いるときは、不活性で、過電圧が大きいというのであるから、第五九頁左欄下から第一〇行ないし第八行の記載及びこれに続く部分は、むしろ、加熱処理しただけでは、電極として好ましくないと認識しているものと認められる。

2・7

原告は、白金族金属に対する加熱酸化処理によつて生成された酸化被覆が、電解酸化における酸化被覆よりも厚くなり得ることが一般に知られた事実であることの根拠として、甲第二二号証刊行物及び甲第二三号証刊行物の記載を援用する(取消事由2・4・4)。甲第二二号証刊行物及び甲第二三号証刊行物の記載の援用については、甲第一七号証刊行物の記載の趣旨を理解するための立証手段として許されるというべきところ、成立に争いのない甲第二二号証及び甲第二三号証によると、酸化被覆の厚さに関する記載として、甲第二二号証刊行物の第五一頁左欄下から第一五行ないし右欄第九行に、「白金が空気にさらされている間に、除去することが極めて困難な酸化物の層が白金表面に生成されることが確認されている。(中略)温度が上昇するにつれて、酸化被覆は厚くなつていく傾向があるように思われる。空気中に存在する白金が温度の上昇に伴つて、炭酸ナトリウムのような試薬によつて浸食されやすくなるのは、このような酸化被覆が厚くなつた結果を事実上表している。」と記載されていること、甲第二三号証刊行物の第五二頁右欄下から第四行ないし第五三頁左欄第一〇行に、「(イリジウム、ロジウム、ルテニウム及びオスミウム)の四つの金属のいずれか一つが空気中又は酸素中で四〇〇℃(かつ酸素固形物の分解温度以下)で加熱された場合には、酸化被覆が厚くなることは明白に判断できる。(中略)このような酸化被覆が十分厚いことによつて酸化被覆は固有の色を有することになるのである。」と記載されていることが認められる。

甲第二二号証刊行物の右記載によると、温度が上昇した状態で生成された白金被覆層は、常温において形成された電解酸化における酸化被覆よりも厚いことが認められ、甲第二三号証刊行物の右記載によると、イリジウム、ロジウム、ルテニウム及びオスミウムでは、加熱酸化によつて十分厚い酸化被覆が得られることが認められる。

しかしながら、甲第二二号証刊行物及び甲第二三号証刊行物の前記記載から認められるのは、右に認定したところにとどまるところ、甲第一七号証刊行物の第五九頁左欄下から第一〇行ないし第八行の記載及びこれに続く部分においては、加熱処理しただけでは、電極として好ましくないものと認識しているものであること、前判示(2・6)のとおりであつて、右にみた甲第二二号証刊行物及び甲第二三号証刊行物の前記記載をもつてしても、甲第一七号証刊行物において、本件第一発明の電極、すなわち、白金族金属酸化物が所定の厚さを有し、これにより、耐食効果及び深部効果等の作用効果を奏する電極が記載されているものと認めることはできない。

2・8

以上みたところによれば、「甲第一七号証ないし甲第一九号証刊行物に示されている電極は、本件第一発明の電極とその構成及び効果において著しく相違するから、本件第一発明は、その出願前に日本国内で公然と知られた発明であるということはできない。」とした審決の認定、判断に誤りはなく、この誤りを主張する原告の審決取消事由は理由がないというべきである。

3 審決の取消事由3について

3・1

成立に争いのない甲第一号証(甲第一号証刊行物)によると、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5の欄に、「例1に示すようにして、脱脂、エツチング及び乾燥により前処理した膨張チタン板上に、ロスマリン油中の樹脂酸白金及びちようじ油中の樹脂酸イリジウムを、ちようじ油及びシクロヘキサノン中のロジン溶液でペイント粘度まで希釈して成り、白金四・二重量%及びイリジウム一・八重量%を含有する調合液を、三二回上へ上へと塗布することによつて、白金七〇重量%とイリジウム三〇重量%を含む白金―イリジウム合金の表面をチタン板上に施した。各塗布ごとに二五〇℃で乾燥し、次いで空気中四五〇℃で焼成した。チタン表面上の全合金沈着量は三〇g/m2であつた。このようにして得られた構造体は、二三%W/Wの塩化ナトリウムを含む食塩水を七〇℃において六KA/m2の電流密度で電気分解する水銀セル中の陽極として用いられた。六週間後の操作において陽極の過電圧は〇・一一三ボルトであることがわかつた。」(第五頁第四五行ないし第六七行)と記載されていることが認められる。

この記載によると、「白金七〇重量%とイリジウム三〇重量%を含む白金―イリジウム合金の表面をチタン板上に施した。」「チタン表面上の全合金沈着量は三〇g/m2であつた。」というのであるから、右実施例5で、チタン板の表面上に沈着し、施されたものは白金とイリジウムとの合金であることが明白である。

そして、右甲第一号証によると、甲第一号証刊行物記載の発明は、チタンの支持体に白金族金属の被覆を形成することを目的とするもので、右実施例5は、この発明の実施例として記載され、そこには、白金又はイリジウムの酸化物が生成することについての何らの記載もないことが認められる。

したがつて、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5に関する記載中に、白金族金属酸化物の被覆を有する電極が記載されているものと認めることはできない。

3・2

原告は、甲第二号証報告書、甲第一四号証報告書及び甲第一五号証報告書の各実験結果からすると、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5に関する記載は、チタン板に酸化イリジウムを含んだ電極を示していると主張する(取消事由3・1)。

なるほど、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5において、膨張チタン板に調合液を塗布、乾燥したものを空気中で焼成した場合、右調合液が樹脂酸分、ロジンなどの有機物質を相当量含有することに基づいて、焼成の最初の段階においては前記の有機物質の分解により還元性雰囲気が形成され、その作用により金属態の白金、イリジウムが生成することが想定され、その焼成を継続して有機物質の分解が終了し、その分解物も酸化されてなくなる段階まで、ないしそれ以後まで焼成を行えば、最初の段階で生成した金属態の白金、イリジウムが酸化されて、白金、イリジウムの酸化物が生成されるであろうと想定されることは、原告主張のとおりである。

しかしながら、甲第一号証刊行物記載の発明の方法は白金族金属の被覆を形成することを目的としていること、及び、前記実施例5でも白金―イリジウム合金被覆が形成されたことは、いずれも前記3・1で認定したとおりであるから、実施例5においてその焼成は最初の段階で止められているはずであろうことが十分に推認できるところである。そして、前掲甲第一号証によると、右実施例5には、焼成時間などの焼成条件が示されていないことが認められるが、右にみたところによると、甲第一号証刊行物での実施例5において、これらの条件は金属の被覆が形成されるように選定されるべきものというべきである。

ところで、いずれも成立に争いのない甲第二号証(甲第二号証報告書)、甲第一四号証(甲第一四号証報告書)及び甲第一五号証(甲第一五号証報告書)によると、甲第二号証報告書、甲第一四号証報告書及び甲第一五号証報告書で、前記実施例5の追試によつて得たとされる被覆中に、酸化イリジウムが存在するという実験結果が報告されていることが認められる。しかしながら、甲第一号証刊行物記載の発明の目的について右にみたところに照らすと、酸化イリジウムの存在の結果が得られた右各報告書の追試における焼成時間等の条件の設定は、白金族金属の被覆が形成されるように選定されるべきであるという、甲第一号証刊行物記載の発明における所要の条件範囲から外れるものというべきであり、したがつて、右各報告書記載の追試は、前記実施例5が前提としている条件を満たしたものではないというべきである。そうすると、右各報告書における実験結果を参照して、甲第一号証刊行物記載の発明における実施例5に関する説明中に、酸化イリジウムを含んだ被覆を持つ電極が記載されているものと認めることはできない。

3・3

原告は、「(右各報告書によつては、甲第一号証刊行物記載の発明の)前記実施例5の追試によつて得た被覆中に酸化イリジウムの存在は認められるとしても、その酸化イリジウムの存在する量が実質的に酸化イリジウムから成る被覆(白金―イリジウム合金などがあつても、被覆としての作用上酸化イリジウムの作用が支配的である、あるいは量的に支配的であるとの意味でのもの)が形成されているとするに十分な程度にあるか否かは明らかではない(白金―イリジウム合金の存在量はかなりあるようである。)。」との審決の認定、判断は、論旨不明か、又は誤りであると主張する(取消事由3・2)。

しかし、審決の認定、判断に原告主張のような論旨不明な点はないというべきであるし、また、右3・2で判示したように、右各報告書記載の追試は、白金族金属の被覆が形成されるように選定されるべきであるという、前記実施例5の前提としている条件を満たしたものではなく、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5に関する説明中に、酸化イリジウムから成る被覆を持つ電極が記載されていることを裏付けるものではないから、右各報告書記載の追試の内容について更に論述した審決のこの部分の認定、判断の当否によつて、前記3・1で判断したところが左右されるものではない。

なお、原告は、取消事由3・2・3で、本件明細書において、「白金金属を酸化してその場に白金金属酸化物を形成させる場合には、酸化物層が形成される方法の如何によつて、遊離金属によつて汚染されるので、酸化物のはつきりした化学組成を知ることはむずかしい。」(本件発明の出願公告公報第六欄第一九行ないし第二三行)と記載されていて、白金族金属酸化物だけでなく、酸化しない遊離金属が残存していることを本件明細書上で認めていると主張し、前掲甲第二一号証の一によれば、本件発明の出願公告公報に、この記載の存することが認められる。しかしこの記載はただ、本件第一発明の白金族金属酸化物の被覆には汚染遊離金属があるゆえに、その酸化物の「はつきりした化学組成」までは知り難いということを説明しているもので、本件発明の出願公告公報の右記載をもつて、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5で製造される、白金―イリジウム合金の被覆を有する電極が、本件第一発明の電極に該当することについての根拠とすることはできない。

3・4

前記3・2で判示したところは、審決の理由の要点5の(1)においても、同趣旨の判断がなされているが、原告は、この審決の判断が誤りであるとする根拠として、<1>有機還元物質によつてイリジウムの酸化が妨げられるとしても、四五〇℃の高温においては、有機還元物質による還元作用は完全でなく、イリジウムの酸化は避け難いこと、<2>四五〇℃において白金、イリジウムの焼成を行つた場合、右の有機還元物質は速やかに分解が終了してしまうのに対し、焼成には約一〇分程度の時間を要するのが通常である以上、四五〇℃における有機還元物質の分解完了時期と焼成の終了時期との関係は、審決が前提としたところとは逆であること、の二点を挙げている(取消事由3・3)。

しかしながら、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5において、チタン板上に形成されたものが白金―イリジウム合金の被覆であることは、前記3・1で判示したとおりであり、したがつて、右実施例5でいう、「………調合液を、三二回上へ上へと塗布することによつて……」、「……各塗布ごとに二五〇℃で乾燥し、次いで空気中四五〇℃で焼成した。……」等の処理条件は、右合金を得るためのものであることにほかならず、甲第一号証刊行物には、そこに記載の発明の実施例5に関して、白金及びイリジウムの酸化物が生成することについて何らの記載もないことが認められるのである。そうすると、原告が主張する根拠をもつてしては、右実施例に関する記載から酸化イリジウムが形成され得ることを、当業者において容易に理解できるものと認めることはできない。

3・5

原告は、「仮に、前記甲号各証における実施例5の追試が、白金―イリジウム合金の被覆をつくるために通常考えられる条件で行われながら、実質的に酸化イリジウムから成る被覆が形成されたということにしたとしても、それは一点にすぎず、実施例5においては焼成時間のような焼成条件が明示されていない以上、その焼成に際し、白金―イリジウム合金の被覆を形成する上で通常採用されると考えられる焼成条件、例えば、焼成時間の範囲のあらゆる点において実質的に酸化イリジウムから成る被覆が形成されることが立証されない限り、実施例5において得られた被覆が実質的に酸化イリジウムから成る被覆であると断定することはできない。」とした審決の認定、判断が誤りであることの根拠として、まず、右認定、判断によれば、焼成時間の範囲のあらゆる点において酸化イリジウムから成る被覆が形成されることを立証することが不可欠であるということになり、結局、無限大の時間について立証することが必要となつて、このようなことは不可能なことを強いることになると主張する(取消事由3・4・2)。

しかしながら、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5は、白金族金属の被覆を形成することを目的としている同発明の実施例であるから、同実施例についての記載に、本件第一発明の電極の白金族金属酸化物の被覆の形成されることが示されていることを立証するには、同実施例においては右発明の目的とは異なり、白金―イリジウム合金の被覆を形成する結果となることが当業者に理解され得たことを立証しなければならないというべきである。したがつて、この立証をするに当たつて行われる同実施例に対する追試では、焼成時間の範囲すべてにわたつてこれをする必要はないかもしれないが、少なくとも右立証が成功する程度にまでは行われる必要がある。

ところが、前掲甲第二号証、甲第一四号証及び甲第一五号証によると、前掲各報告書における追試は、いずれも一〇分間の焼成処理をもつて行われたものであることが認められるのであり、このような一〇分間の焼成時間の条件のみでの追試によつては、右実施例5で形成されるものが、本件第一発明における被覆と同様の酸化物であると認めることは到底できないというべきである。

原告は、審決の前記認定、判断が誤りであることの根拠として更に、仮に前記各報告書が、甲第一号証刊行物の技術が実際には酸化イリジウムから成る被覆が形成されることについて、単に一点につき証明したものにすぎないとしても、これによつて甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5は、白金―イリジウムの合金の被覆を形成する技術を開示するとともに、特定の条件においては、白金と酸化イリジウムの混合物から成る被覆の形成をも開示していることになるにもかかわらず、審決は、この点を誤認していると主張する(取消事由3・4・2)。

しかしながら、右に判示したように、前記各報告書の追試で酸化イリジウムが形成されたとしても、この形成に当たつての条件は特定のものにすぎない。右追試では、試料(チタン板)、調合液の組成、塗布・乾燥及び焼成の条件等が、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5の場合と一部一致又は類似するものであるとしても、すべての条件にわたつて一致しているものと認めることはできず、焼成時間を含め、白金と酸化イリジウムの混合物を形成するための条件の下で行われているものというべきである。したがつて、前記各報告書の追試の結果をもつて、右実施例5が、白金と酸化イリジウムの混合物から成る被覆の形成を開示しているものということは到底できない。原告の右主張も理由がない。

原告はまた取消事由3・4・2で公知文献との関連において発明の新規性判断についての一般論を述べているが、原告の主張によれば、Aの構成は本件において白金―イリジウム合金の被覆の形成を指し、Bの構成は白金と酸化イリジウムの混合物から成る被覆の形成を指しているところ、甲第一号証刊行物では、原告がいうBの構成は開示していないこと、3・1で判示したとおりであるから、原告の右主張も前提を欠き、採用することはできない。

3・6

原告は、前記各報告書により、酸化イリジウム被覆の形成に関し、単に一点についてのみ立証したにすぎないということはできないと主張する(取消事由3・4・3)。

しかしながら、前記3・1で認定したところによると、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5では、「……調合液を、三二回上へ上へと塗布することによつて……」、「……各塗布ごとに二五〇℃で乾燥し、次いで空気中四五〇℃で焼成した。……」というのであるから、焼成に当たつては、焼成だけの繰返しではなく、塗布、乾燥及び焼成の繰返しを行つているのであり、右実施例5ではただ単に焼成時間を長く設定することだけが条件設定として前提とされているのではないのである。したがつて、仮に原告が取消事由3・4・3で主張するように、焼成時間が一〇分を越え、また、焼成を三二回も繰り返した場合には、酸化イリジウムが生成することが想定されるとしても、このことから直ちに、前記各報告書記載の追試をもつて、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5において酸化イリジウム被覆を有する電極が形成されるものと認めることはできない。

3・7

原告は、「一方、本件第一発明は、耐食性の大きな電極を与えることを目的として、白金族金属酸化物の被覆を有するものであるから、被覆中のその酸化物の含有量が微量でもよいというわけではなく、前記の目的を達成するに十分な量を含有してなければならないものである。」との審決の認定、判断は、甲第二号証報告書、甲第一四号証報告書及び甲第一五号証報告書における酸化イリジウムが微量であるという誤つた前提に立つていると主張する(取消事由3・5)。

しかし、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5は、白金族金属の被覆を形成することを目的としていることは3・1において判示したところであるから、そこでは、本件第一発明が、耐食効果及び深部効果を奏するものとして要件としている程度の酸化イリジウムは生成されていないものというべきである。審決には、原告が主張するような、前提において誤つている点はない。

3・8

そうすると、「本件第一発明は甲第一号証刊行物に記載された発明と同一のものであるとはいえない。」とした審決の認定、判断に誤りはなく、この誤りを主張する原告の審決取消事由は理由がないというべきである。

4 審決の取消事由4について

4・1

原告は、黒鉛を酸化パラジウムで被覆したことによる電極は甲第一六号証刊行物によつて本件発明の出願前に公知であつたところ、パラジウムだけでなく、他の白金族金属によつて皮膜形成金属を被覆することが本件発明の出願当時の先行技術であつたし、他の白金族金属酸化物の被覆を想到することも当業者にとつて容易であつたと主張する(取消事由4・1)。

成立に争いのない甲第一六号証(甲第一六号証刊行物)によると、甲第一六号証刊行物には次の<1>ないし<4>の記載があることが認められる。

<1> 「本発明は塩素過電圧の少い塩化アルカリ電解用陽極板の製造法に属するものである。」(第一頁左欄第二行ないし第三行)

<2> 「其の要旨は、黒鉛より塩化アルカリ電解用陽極板を製造するに当たり、黒鉛をパラジウム、コバルト、ニツケル、マンガンの塩類又は錯塩類の一種以上を含有する溶液で処理する事を特徴とする塩化アルカリ電解用陽極板の製造法に存する。」(第一頁左欄第一七行ないし第二二行)

<3> 「本発明に於て黒鉛を前記物質の溶液で処理するのに最も適当なのは浸漬によるものである。」(第一頁左欄第三一行ないし第三二行)

<4> 「金属を含浸せしめた黒鉛は必要に応じ乾燥又は加熱する。斯して得られた陽極板を電解に使用する時は含有する金属は酸化物となると考えられるが、該陽極板を予め苛性ソーダ又は炭酸ソーダ溶液、アンモニア水等にて処理し金属を水酸化物としておくか或は加熱等により酸化物としておいても良い。」(第一頁右欄第一五行ないし第二一行)

右記載によると、甲第一六号証刊行物に記載の発明は、黒鉛を用いる塩化アルカリ電解用陽極板すなわち黒鉛電極について、塩素過電圧の少ないものを得るためにその電極をパラジウム等の金属の塩類又は錯塩類の溶液で処理するものであり、その処理としては浸漬によるものが最も適当であるほか、その処理後には加熱等によりその塩類を酸化物としておいてもよいとされていることが認められる。

ところで、前記1でみたところによると、本件第一発明は、「皮膜形成金属の心と、前記心の少なくとも外側部の電解液に耐えしかも電解生成物に耐える物質の層とから成り、前記層を前記心の表面の少なくとも一部とした電解処理に用いる電極において」、この物質として「白金、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、オスミウム中から選択した白金族中の金属の酸化物」を用いたことを特徴とし、これによつて耐食効果、深部効果等の作用効果を奏するものである。これに対し、甲第一六号証刊行物に記載の発明は皮膜形成金属ではなく黒鉛を対象とし、またそこで「酸化物としておいてもよい」という金属も、本件第一発明において酸化物を構成する金属とは別異のものであり、しかもそこでいう塩類又は錯塩類による処理は、これに続く(それを酸化物とするための)加熱等の処理を含めて、塩素過電圧を小さくするためのものである。

したがつて、甲第一六号証刊行物に記載の発明は、構成及び作用効果が本件第一発明とは別異のものであり、甲第一六号証刊行物に記載の発明から本件第一発明を容易に想到し得たものと認めることはできない。原告の前記主張は理由がないというべきである。

4・2

原告は、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5に示される、チタン板上に白金族金属の焼成を複数回繰り返して塗布し一定の厚みの白金族金属被覆を得る技術に着目して、チタン板上に酸素雰囲気中で、白金族金属の焼成を複数回繰り返して塗布し、焼成の過程で酸化した白金族金属酸化物による厚い被覆を生成させ、これによつて耐食性を有する電極を得ることは、当業者にとつて容易に想到し得ることであると主張する(取消事由4・2の<2>)。

しかしながら、甲第一号証刊行物には、そこに記載の発明の実施例5に関する記載として、チタン板の表面上に、白金―イリジウム合金被覆を形成したことが記載されていること、及び、そこに白金族金属酸化物に関する何らの記載もないことは、前記3・1で判示したとおりである。したがつて、右実施例5に関する記載は、本件第一発明において特徴とし、このことにより耐食効果、深部効果等の作用効果を奏する白金族金属酸化物の被覆という構成について何らの示唆を与えるものではない。原告の右主張は理由がない。

原告は、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5の記載において白金及びイリジウムを有機還元物質とあらかじめ調合した場合にも、イリジウムの酸化は十分予測できるものである以上、有機還元物質を用いずに又は有機還元物質の量を減少させて、イリジウムのみをチタン板に加熱焼成した場合には当然に酸化イリジウムが生成され、このような酸化イリジウムの焼成を複数回繰り返してチタン板を被覆し、耐食性を有する電極を得ることは、当業者が容易に想到し得ることであると主張する(取消事由4・2の<3>)。

しかしながら、前記3・1で判示したとおり、右実施例5で用いた諸条件によつては、白金―イリジウム合金被覆を形成したというのであり、右実施例に関する甲第一号証刊行物の記載には、別途酸化に関する、あるいは酸化イリジウムの生成に関する何らの説明もないのである。そうすると、右実施例で用いられている有機還元物質は当然のことながら、白金―イリジウム合金被覆の形成に必要な所定量(すなわち、焼成温度、焼成時間等をも配慮し、合金が生成され、酸化物が生成しない限度の量)を用いているものと認められる。右実施例において有機還元物質の所定量を減らし、またそれを使用しないということは、およそ予期していないことというべきである。したがつて、白金―イリジウム合金被覆の形成に関する右実施例5についての甲第一号証刊行物の記載から、酸化イリジウムを含有した電極の構成が容易に想到し得たものと認めることはできない。原告の右主張も理由がない。

原告はまた、加熱酸化又は電解酸化によつて生成される白金族金属の酸化被覆が耐食性及び導電性を有することに着目するならば、白金族金属の厚い酸化被覆によつて耐食性を有する電極を得ようとすること自体、当業者にとつては当然に想到し得る事項である、また、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5自体、有機還元剤を用いない場合には、酸化イリジウムによる一定の厚みを有する被覆を得ることを示唆しており、このような示唆事項は、正に、白金族金属被覆を酸化させることにつながるものである、このような場合、当業者が前記<2>のような着想に想到することは極めて自然であると主張する(取消事由4・2の<4>)。

しかしながら、白金族金属の酸化物が耐食性を有すること、及び「比較的薄い層の酸化物の導電率は該当金属の導電率に等しいものである」(本件発明の出願公告公報第二欄第二四行ないし第二五行。この記載は前掲甲第二一号証の一によつて認める。)ことに着目したことに本件第一発明の着眼点があるのであつて、右酸化物を電極の被覆として施すことに想到することは容易にはなし得なかつたところであるというべきである。この点は、原告の右主張のうち前段部分の主張をもつてしても覆すことはできないといわなければならない。また後段部分の主張も、前記実施例5に関する甲第一号証刊行物の記載内容(白金族金属酸化物に関する何らの記載もないこと)からすると、理由のないことが明らかである。

4・3

原告は、審決の「(甲第一六号証刊行物に記載の)製造法においては塩類溶液が黒鉛中に含浸されるものであるため、黒鉛表面上に生成されるパラジウム酸化物も主として黒鉛の微細孔上にあるものとみられるので、これに、基体上のパラジウム酸化物の被覆が示されているとはいえない。」との認定、判断の誤りを主張する(取消事由4・3)が、前記4・1でみたところに照らすと、審決のこの認定、判断の当否について検討するまでもなく、甲第一六号証刊行物記載の発明から本件第一発明を容易に想到し得たものということはできないところであるから、原告の右主張も、前記4・1で判示したところを左右するものではない。

5 審決の取消事由5について

5・1

原告は、本件第一発明において、電解酸化によつては目的物が得られないものもあり(例えば削除した実施例)、そういうものを含むのは発明未完成であると主張する(取消事由5・1)。

しかし、本件第一発明は電極すなわち物の発明であつて、電解酸化による電極の製造法についてのものではないから、電解酸化の処理条件等のいかんによつてたとえ目的物が得られない場合があり得るとしても、右処理条件等によつて製造されたものは本件第一発明の電極ではないものというべきであり、このことから、本件第一発明に所定の目的を達成し得ない電極、すなわち所定の作用効果を奏し得ないものが含まれているなどということはできない。なお、前掲甲第二一号証の二によると、本件発明の出願手続において、取消事由5・1の<1>ないし<3>に記載のような出願公告決定謄本送達後の補正がなされていることが認められる。しかし、この手続補正により、電解酸化によつて酸化物被覆を形成する実施例を削除したという経緯があつたとしても、右にみたところが左右されるものではない。

5・2

原告はまた、本件発明の出願公告公報第二欄第三五行ないし第三欄第三行に記載された過電圧低下の効果を有しない酸化物が存在することをもつて、本件第一発明が未完成であると主張する(取消事由5・2)。

前掲甲第二一号証の一によると、本件発明の出願公告公報第二欄第三五行ないし第三欄第三行に、「白金族金属の酸化物および混合物または化合物は、その化学的抵抗性に加えて、電解液を解離する臨界値が純金属のその値よりも低く、従つて白金族金属酸化物で被覆した電極に加えられる全電気エネルギーを相当に低減することができ、望ましくない副反応を回避することが多いという利益がある。」との記載があることが認められる。しかしながら、たとえ原告が主張するように、この記載中に過電圧に関する効果が記載され、また、本件第一発明における白金族金属酸化物中にこの過電圧に関する効果の期待できないものがあるとしても、本件第一発明はその要旨とする構成を採用したことにより、前記1で判示したようなa)ないしf)の作用効果を奏するもので、これによつて発明として完成しているものというべきであるから、原告主張の右の点は、本件第一発明が発明として完成していないことについての根拠とすることはできない。原告の右主張も理由がない。

6 審決の取消事由6について

6・1

まず、甲第一号証刊行物記載の発明の実施例5において、チタン板の表面上に沈着し、施されたものが白金とイリジウムとの合金であることは明白であり、しかもそこに白金又はイリジウムの酸化物が生成することについての記載がない(前記3・1)のであるから、右実施例5に関する甲第一号証刊行物の記載には、前記1でみたとおりの耐食効果、深部効果等の作用効果を奏する本件第二発明の白金族金属合金の酸化物が記載されているということはできない。

原告は、本件第二発明の「白金族中の金属の合金の酸化物」中の「合金の酸化物」なるものは存在せず、具体的に何を意味するか全く不明であるとし、仮に本件第二発明における「白金族中の金属の合金の酸化物」が、白金族金属同士の混合物を構成する金属の少なくとも一方につき酸化物が生成されているという趣旨であるならばということを前提として、本件第二発明は甲第一号証刊行物及び甲第一七号証刊行物に記載されているところと同一のものであると主張する(取消事由6・1)。しかしながら、右「合金の酸化物」が意味不明のものでないことは後記7で判示するとおりであるし、またそこで判示するとおり、「白金族中の金属の合金の酸化物」とは、「白金族金属の二種以上の金属の酸化物の混合物」を指すものであり、白金族金属同士の混合物を構成する金属の少なくとも一方につき酸化物が生成されているというものを意味するのではないから、この趣旨を前提とする原告の右主張は理由がない。

6・2

原告はまた、甲第一七号証刊行物の第六三頁右欄第五行ないし第一三行の記載が、白金とパラジウムの酸化物から成る被覆が形成されることを前提としているものであることは明確であると主張する(取消事由6・2)。

前掲甲第一七号証によると、甲第一七号証刊行物の第六三頁右欄第五行ないし第一三行には、「パラジウム電極を利用する場合は、チタンの表面に白金と同様にメツキして利用するが、耐食性を改善するために、パラジウムと白金を合金化するのがよい。白金とパラジウムは全域固溶を行うもので、パラジウムに白金が固溶すれば(中略)pao2の不働態化保持電流も減少する。(後略)」と記載されていることが認められる。そして、この記載の前提として、第六三頁左欄第一四行ないし第一九行に、「酸化が進んでも塩素過電圧が上昇しない電極として、パラジウム電極の存在を明らかにした。(中略)この電極の欠点は、不働態化層pao2が白金のpto2層ほど緻密でなく、弱点をもつているため耐食性についての問題である」と記載されていることが、右甲第一七号証によつて認められる。そして、右記載では、酸化が進んでも塩素過電圧が上昇しない電極としてパラジウム電極があるが、これは耐食性に問題があるところ、パラジウムと白金を合金化すればそれが改善されることが示されている。

しかしながら、パラジウム電極について「酸化が進んで」というその「酸化」自体、その電極を電解に用いるときに起こるもので、「合金化」したものの場合についてもそれとは別に解する理由はないから、合金化されたものを電解に用いるに際し、右「酸化」によりたとえ「パラジウム酸化物と白金酸化物」との混合物が形成されるとしても、それはパラジウム電極の場合と同じく、単分子程度のものにすぎないものというほかはない(前記2・2参照)。したがつて、これを本件第二発明におけるような、所定の厚さを有し(本件第二発明でも、白金族金属合金の酸化物の被覆が、本件第一発明と同じように所定の厚さを有することについては、前記2・2で判示したところから明らかである。)、耐食効果、深部効果等の作用効果を奏する白金族金属合金の酸化物の被覆を備える電極とは別異のものというべきである。原告の右主張も理由がない。

7 審決の取消事由7について

7・1

まず取消事由7・1についてみると、原告は、本件発明は、少なくとも電解酸化によつて得られる電極については発明の構成が不明確である旨主張する。

しかしながら、本件発明は電極、すなわち物の発明であつて、電解酸化による電極の製造方法の発明ではないのであるから、電解酸化の処理条件いかんによりたとえそれが得られない場合があり得るにしても、これは、本件発明の電極ではないというべきである。そして、前掲甲第二一号証の一、二によれば、本件発明の実施例として、その要旨とする構成を備え、所定の作用効果を奏する電極が得られていることが認められる。そうすると、原告主張のように、電解酸化によつて得られた白金族金属酸化物の被覆のうち、いかなる構成のものが本件発明に該当し、いかなるものが本件発明に該当しないかについての本件明細書上の記載がないがゆえに、本件発明の明細書が特許法第三六条第四項及び第五項(昭和六〇年法律第四一条による改正前のもの)に違反するものということはできない。

7・2

次に取消事由7・2において原告は、本件第二発明に関して、「合金の酸化物」若しくは「酸化物の合金」についての明細書の記載が不明確であると主張する。

前掲甲第二一号証の一によると、本件発明の出願公告公報に次の<1>ないし<4>の記載があることが認められる。

<1> 「電解液と電気分解生成物との双方に化学的に極めて良く耐える層をこれら白金金属やその合金を金属状態でなくてその酸化物の形で用いることによつて構成することが出来るということを意外にも見出したのである。」(第二欄第二〇行ないし第二四行)

<2> 「心を金属状態の所望白金金属にてメツキ法、または白金金属化合物の熱析出のいずれか、或はその他の方法で被覆することが出来る。その後、金属を酸化して酸化物または酸化物の合金とする。」(第四欄第一八行ないし第二二行)

<3> 白金金属酸化物または白金金属酸化物の合金はぢかに心に付着させることが出来る。それは、心を溶融酸化物または酸化物混合物中に浸漬することによつて:アルコール或は水の如き液体担体中に酸化物または酸化物の混合物を分散し、これを電化泳動によつて心に付着することによつて:(中略)遂行することができる。」(第四欄第二九行ないし第四一行)

<4> 「一種乃至数種の白金金属化合物をたとえば加熱するとか、化学作用、または電気化学的作用によつて心上に白金金属酸化物または白金金属酸化物の合金を形成することもできる。」(第五欄第七行ないし第一〇行)

右<1>の記載によると、白金族金属の合金は酸化物の形とされているものであり、この形成手段としての記載である<2>ないし<4>によると、<2>では、「白金族金属又は白金族金属化合物を被覆し、酸化する旨が、<3>ではその被覆を、「心を酸化物混合物中に浸漬する」、「液体担体中に酸化物の混合物を分散し、これを電気泳動で心に付着する」等により形成することがそれぞれ記載され、また<4>では「……数種の白金族金属化合物をたとえば加熱する……」とあるのであるから、そのようにして得られたものは「白金族金属の二種以上が酸化物として混在している状態」すなわち「白金族金属の二種以上の金属の酸化物の混合物」として存在するものであることが明らかである。

そうすると、本件第二発明がその要旨としているうちの「白金族中の金属の合金の酸化物」が意味不明のものではないことはもちろんであり、それは、所定の内容、すなわち「白金族金属の二種以上の金属の酸化物の混合物」を意味することについて、当業者が容易に理解し得るところというべきであり、原告の前記主張は理由がないものである。

7・3

また、取消事由7・3についてみると、本件発明の出願公告公報第二欄第三五行ないし第三欄第二行に原告主張のとおり過電圧に関する効果が記載されているとしても、前記5・2で認定した本件発明の出願公告公報の右部分の記載、及び前記1で判示したところによると、右記載に関連して奏することのあり得る効果は、本件発明に関し補足的なものにすぎないと認められる。そしてまた、過電圧の点に関する審決の認定、判断、すなわち、「発明の詳細な説明にある、高過電圧の電極を得ることができるという効果は、O2の発生を抑えるような条件ほど目的の酸化反応の電流効率が良く、強い酸化を行うことができるという電気化学上の技術常識によれば、それは有用な効果であり、そのことは本件発明の出願公告公報第一四欄第二九行ないし第三二行に「チタン心と酸化白金と酸化鉛の組合せは高過電圧に於ける酸性酸化媒質の電解、たとえば過ホウ酸塩と過硫酸塩の製造に当つてのすぐれた陽極を構成する。」と示されている。」との部分も、前掲甲第二一号証の一及び技術常識に照らしてそのとおり是認できるから、取消事由7・3の原告の主張をもつてしても、本件明細書が特許法第三六条第四項に違反しているということはできない。

8 まとめ

以上判示してきたところによると、原告が主張する審決の取消事由はいずれも理由がないことに帰する。

三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

1 皮膜形成金属の心と、前記心の少なくとも外側部の電解液に耐えしかも電解生成物に耐える物質の層とから成り、前記層を前記心の表面の少なくとも一部とした電解処理に用いる電極において、前記物質として白金、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、オスミウム中から選択した白金族中の金属の酸化物を用いたことを特徴とし、前記物質に更に貴金属でない金属の一種以上の酸化物を含有し得る電極。

2 皮膜形成金属の心と前記心の少なくとも外側部の電解液に耐えしかも電解生成物に耐える物質の層とから成り、前記層を前記心の表面の少なくとも一部とした電解処理に用いる電極において、前記物質として白金、イリジウム、ロジウム、パラジウム、ルテニウム、オスミウム中から選択した白金族中の金属の合金の酸化物を用いたことを特徴とし、前記物質に更に貴金属でない金属の一種以上の酸化物を含有し得る電極。

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